――逢魔ヶ時、鬼と娘は出逢った。
未だ戦が絶えぬ世の、とある小国、とある城に、一人の娘が生まれました。
娘は白子で、赤い目も生まれながらに盲いていました。
城主である父には不要、母には気味が悪いと捨てられ、娘は人目につかぬ山奥の屋敷で乳母と、少しばかりの下働きたちに育てられ育ちました。
屋敷に住まう乳母子の少年は娘があんまり哀れで、いつか戦で功を上げて娘を城に戻してやろうと思っていました。
さて、ある日、山の清水で身を清めていた娘は行き倒れに出会います。
盲いた娘が手で触れてみれば、倒れていたのは立派な体躯に、二本の角を生やした鬼でした。
この鬼は六匹の鬼を従えて、佐波の山の烏天狗を皆殺し里の人間を食い荒らしていたところを鎮められ、以降は人のために働いていた鬼でした。
ところがある日、再び人を襲い始めたため配下の鬼を取り上げられ懲らしめられ、命からがら逃げ延び、娘に見つけられたのです。
そんなことはつゆともしらない娘は屋敷に鬼を連れ帰り、手厚く介抱しました。
乳母子の少年は、とんでもないことをと驚き、早くとどめを刺してしまおうとしましたが、娘はいっこうに聞き入れず鬼の世話を続けました。
弱った鬼は娘を餌に、また力を取り戻そうと企みます。
けれど共に過ごすうちに、鬼は娘の境遇を知り哀れに思い始めました。
なのに娘は鬼に自ら、自分を食べて欲しい、と望んだのです。
鬼は結局、娘を食べることはできませんでした。
代わりに一つの約束を、鬼と娘は交わします。
鬼と娘の約束を知らない乳母子の少年は、戦に出てそれはめざましい功を上げました。
娘の父であるお殿様はたいそう喜んで少年を呼び、ぜひ自分の元で働いて欲しいといいました。
少年は娘をお殿様の子として再び城に迎え入れるなら、と答え、お殿様もそれを受け入れました。
娘は鬼と別れ、山奥の屋敷から城へ移り、父の元で暮らすようになりました。
少年はもののふとして、娘の父の元で働き始めました。
けれどお殿様は白子の娘のことを、やはりこころよく思ってはいませんでした。
娘はすぐによその国へと嫁がされることになりました。
娘と鬼との『約束』は果たされませんでした。
娘は自分が近い将来、死んでしまうと知っていたからこそ、鬼に食べて欲しいと願ったのです。
かくして、娘は嫁いだ先で、父の手の者によって命を落とします。
「娘が殺された」と、国へ攻め込む口実になるために。
鬼がどこへ行ったのか、もののふの少年がどうしたのか、それは誰にもわかりません。
けれど娘の国は大火に呑まれ歴史から姿を消してしまったとも、都で暴れ狂う鬼が人の身に封じられたとも、若き牢人が贖いを求めて諸国を旅していたとも語られています。
娘の名はあい。穢とも、埃とも、そして鬼から与えられた和とも書く不運の姫君。
少年の名は永一(ヨイチ)。後に呼ばれる名は綺克(アヤカツ)。
そして鬼の名は陽生(ヒセ)。陽に由縁し傲慢を負う鬼。